オールイン〜運命の愛〜実在するギャンブラー

オールイン〜運命の愛〜のドラマに、実存するギャンブラーがいらっしゃるのは、みなさんもご存知のお話ですよね。
ドラマでは小説の中のエピソードに、スヨンとのラヴストーリーなどのフィクションを加えています。
そんなモデルになったチャ・ミンス氏について調べてみました。

チャ・ミンス、1951年1月15日生まれ。
朝鮮戦争のさなか永登浦で映画館を営む母に女手ひとつで育てられました。
囲碁を8歳の時に習い始めます。
その後いくつかのアマチュアの囲碁大会に優勝するなどして注目されました。
大学では経済学を専攻。
1974年、韓国棋院初段を取得、1984年四段に。
1989年の第2回富士通杯で、アメリカ予選でマイケル・レドモンドを破って代表となり初出場しました。
本戦で山城宏、大平修三を破りベスト8に進出して注目を集め、さらに翌年には趙治勲に白番4目半勝ちして囲碁界を驚かせ、この活躍で「車八強」という呼び名を得ることになります。
アメリカでの囲碁普及にも務め、1995年には中国の囲碁棋戦「友情杯戦」(11997年まで3期)に出資して創設しました。

渡米後の1976年にポーカーを学び、1984年にギャンブラーの世界に飛び込んで華やかな経歴を残します。
ポーカーのプレイヤーとしても成功し、1986年以降には年に100万ドルを稼いでいるという話です。

現在はアメリカ合衆国に永住権を得て在住し、ジミー・チャと名乗っています。
ポーカーと囲碁と以外にスポーツ・芸術・宗教・慈善事業にも活躍する彼は、韓国名のチャ・ミンスより米国名の「ジミー・チャ」としての方が名が通っているようです。

ギャンブラーとしてのチェ・ミンスは、ほとんど変化のない勝率で収入を保ってきました。
カジノで一晩37万ドル(約4000万円)を儲けたとか?
これまでにポーカーで2000万ドル近くを稼ぎ出しているという逸話もあるそうです。

最近は韓国内での活動が中心になっています。
それは99年以降、病に苦しむ母の世話をするためらしいとの事。

世界的なギャンブラーは、親孝行な人なんですね。

オールイン〜運命の愛〜ロケ地

今回は、オールイン〜運命の愛〜のロケ地のご紹介です。
韓国の有名なホテルでのロケ撮影が中心のようです。

スヨン(ソン・へギョ)が、イナ(イ・ビョンホン)と初めて出会って会話を交わしたロビーラウンジ。チョンウォン(チ・ソン)とスヨンが互いを見つけられずに行き交ったロビーラウンジの階段・スヨンがイナにオルゴールのプレゼントをあげた風車前のベンチなどがあるのは、2000億をかけ最高レベルのホテルとして建設された、ロッテホテルです。
ロマンティックな景観と雰囲気が有名です。
ホテル前の「愛の湖」を通り過ぎた海岸の絶壁に、大きい風車があります。
伝統的なオランダ様式で作られたこの風車は、「オールイン〜運命の愛〜」の他、いろいろなドラマのロケ撮影に登場します。

スヨンが企画した火山ショーはロッテホテルで行われています。
火山ショーは20分ほどで、レーザー光線も駆使した見ごたえあるものです。
夜、軽い食事が出来るオープンレストランになり、食事をしながら火山ショーが堪能できます。

ドラマの中で「シー・ワールド・ホテル」として登場するのが、済州ハイアットホテルです。
チェ・ドファン(イ・ドックァ)とその息子 チェ・ジョンウォン(チ・ソン)がこのホテルを基盤にカジノ事業を成功させます。
ホテル11階のプレジデンシャル・スイートは、ジョンウォンが成功を模索して企画を行う場所のロケ撮影に使われました。

ドラマではホテルの付属施設であるハネムーン・ハウスという韓定食レストランが登場するのは、韓国の初代大統領・李承晩の別荘地に建てられたパラダイスホテルです。
スヨンとチニが出会うシーンとしても登場しています。
パラダイスホテルは、韓国初の地中海別荘式のホテルです。
美しい風景を満喫できる海辺に位置し、レストランはロマンティックな雰囲気のインテリアで統一されています。

新羅ホテル
イナがジミー・キムとして買収したホテル(ハルラホテル)は、新羅ホテルで撮影されました。
右のプールサイドは、イナが英語でプレゼンテーションを行った場所です。

済州国際コンベンションセンターでは、アメリカでの生活に疲れ戻ったイナが本格的にホテル経営とカジノ事業に取り組む際のオフィスが作られた場所です。
現在も執務机がそのまま残されています。
オーシャンビューというカフェの中置かれており、イナの椅子には座ることも出来ます。
この2階のレストランの大きなガラス窓から向こう側に、ジョンウォンのホテルとして登場するハイアット・ホテル(シー・ワールド・ホテル)が見えます。

オールイン〜運命の愛〜ユミン

みなさん、オールイン〜運命の愛〜のマイケル・チャン(在米韓国人)の愛人、パートナーで、イナに色々なマナーを教えたり、衣装をそろえたりして一流の男に仕立て上げたリエ役のユミンさんが日本人なのをご存知ですか?

ユミンさんの本名は、笛木優子さん。
1979年6月21日生まれの埼玉出身だそうです。

デビュー前には東京パフォーマンスドールに研修生として在籍し、2000年に「天気予報の恋人」でドラマ初出演・2001年『ホタル』で映画デビューしました。
『新・雪国』で主演し大胆なヌードを披露しています。

韓国に渡るきっかけは、韓国映画「8月のクリスマス」を見て感動し「自分も韓国映画に出演したい」と思った事がきっかけのようです。
2001年に韓国に渡り、ドラマ「わが家」でデビューし聴覚障害者の役を演じました。「我が家」の役はオーディションでつかんでいます。
日本人として初めて韓国ドラマのレギュラーとなり、キム・ジェウォンと共演。
せりふはなかったものの、整った目鼻立ち、清楚なイメージが関心を集めていました。せりふがなかったのは、韓国語をうまく話せなかったためのようです。
その後彼女はハングル語を猛勉強し、人気を獲得していきました。

韓国の芸能界入りは順調に進みましたが、事務所は韓国名ユミンでのデビューを勧めましたそうです。
ファンクラブもでき会員は9000人に膨れましたが、彼女は記事の中で自分が日本人であることを彼女は告白しました。
一部からは反日に根差す批判の声も飛び出しましたが、「韓国で最後の一人になっても自分はあなたのファンだ」と応援する多くの暖かい声などにも支えられ諦めずに頑張ってきたそうです。

以前スキャンダル疑惑が起きました。
一枚のヌード写真がスポーツ紙の一面に大きく掲載され、「ユミン、日本のポルノ映画に出演していた?」というタイトルがつけられました。
「一見清純そうな女優でも、売れない時代は何でもやる汚いやつだ」という意見が出始めました。
彼女はその映画が「非常に芸術性が高かったから、ヌードになった」と説明しました。そしてその作品を各社の新聞記者などが集まるところで披露したのです。
記者たちは決してポルノ映画ではないと納得。
この事件により、かえって彼女のファンたちは一層団結し、「これまで以上に彼女をサポートする」とネット上で宣言しました。

その後、CMではペ・ヨンジュンと共演するなど韓国での大スターと次々共演。
ドラマや映画以外にもバラエティ番組やCMにも数多く出演し、チャームポイントの目元とえくぼで多くの男性ファンを魅了しました。
現在韓国でのファンクラブの会員数は1万人を超えているそうです。

韓国では「韓国人に近い外国人女優」あるいは「韓国人のイメージに近い日本人女性」などとして有名です。
韓国では梨花女子大学校韓国語課程を経て、2004年漢陽大学言論情報学部に編入。
彼女のハングル語は韓国人すらも驚くほどのうまさです。

2006年オスカープロモーションに所属し、再び日本を拠点に活動することになりました。

日本人ながら「逆輸入女優」としての笛木優子さんの今後の活躍に大注目したいですね。


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