火の鳥・イ・ウンジュ自殺

イ・ウンジュさんの自殺のニュースが流れた時、とにかくビックリした記憶があります。
自殺説には、いろいろな噂が流れているようです。

2005年2月22日午後1時20分頃、京畿(キョンギ)道・城南(ソンナム)市・盆唐(プンダン)区のイ・ウンジュさんの自宅のマンションで、イ・ウンジュさんが移動式ハンガーにネクタイで首をつって死亡しているのを兄(28)が発見し警察に届けました。警察はイ・ウンジュさんが同日午前6時まで一緒に住んでいる兄や母と話をして部屋に戻ったが、午後1時過ぎまで起きてこなかったため、これを不審に思った兄が部屋に入ったところ、亡くなっている妹を発見したと明らかにしました。
発見当時、イ・ウンジュさんはズボンに半袖のシャツを着ており、ベッドの上にはカッターと血痕があったといいいます。また、イ・ウンジュさんの手首には自殺を図ったと見られる跡が残っていたと警察は明らかにしました。
イさんはB5用紙大のノート2枚に血書で「お母さん、ごめん」「お母さん…さよなら」と書いています。
自殺を目前にした複雑で苦しい胸の内を反映しているかのように、2センチ大の大きな文字でノートに斜め書きされていました。
また3枚にわたって書かれていた遺書の1つには、「誰も恨みたくなかった。一人で耐えて打ち勝とうとしたけれど、一年前に戻りたかった。
お金が全てじゃないけれど。お金のせいで本当につらい世の中だよ。私もお金が嫌い」という内容の文が書かれていました。
2枚目の遺書には「1人だけのお兄さん、私よりずっと優秀なのに愛されなくて、ごめん。10年後くらいになれば家族だけで一つの家に住みながら、やりたいこと、行きたいところ、全てやってみて幸せに暮らせたのに。一番愛してるお母さん、幸せにしてあげたかったのに…私が必ず守ってあげる」と家族に対する愛と申し訳なさが書かれています。
また、「何もしてあげられない私を愛してくれた人たち、会いたくて一緒に笑いたかったのに。わざと避けたんじゃないよ。大切なものを知っているけれど、今許せなくてごめん」と周囲の人たちにメッセージを残しています。
最後のページには「仕事がとてもやりたかった。やらないのではなく、できなくなってしまったんだけれど。認めてくれない周囲の人たちに私じゃなければ、どうしてこのつらさがわかるだろうか。お母さんを考えると、生きなければならないけれど、生きても生きていない。私が必ず守ってあげるから…いつも横で必ず守ってあげるから」と結ばれています。
遺書とは別にイさんの部屋に残されていたノートには日付は書かれていなかったが、イさんが芸能生活をしながらつらく困難だった日常と心労を書き留めた文が残されていました。
イさんのノートに「一年前の今日に戻して欲しいって繰り返しています。ダメなことなのは分かっていながらも、よくぶつぶつ言っています。世の中も嫌になり、プライドもズタズタになり、これ以上そうしたくないです」と書かれ、演技に対する負担を遠回しに表現したのではないかという観測を呼んでいます。
イさんはまた、「だんだん、これもあれもできない、こんな姿をこれ以上見せたくありません。私の頭も壊れそうだから。深く眠りにでもつければ…」と不眠症を訴えてもいる。
警察は「昨年10月公開された映画『朱紅文字』の撮影当時、裸身の演技など露出シーンのため、不眠症とうつ症に悩まされてきた」という家族の証言から、イ・ウンジュさんが自殺したものと見て詳しい動機と経緯を調べています。
イ・ウンジュさんは今月3日、盆唐ソウル大学病院の神経精神科で「何もかも面倒くさく、食欲がない。1日に1時間くらいしか眠れない」とし、うつ症の相談を受けていました。
担当医師は「うつ症の治療が必要なので、入院した方がいい」と勧めたが、イ・ウンジュさんは「入院できる状況ではない」としたため、2週間分のうつ症緩和剤を服用させたといいます。
また、再度治療を受けるよう勧めたが、イ・ウンジュさんはその後、病院を訪れていないと病院側は説明しました。
一方で、真偽不明の噂がインターネット上を駆け巡りました。
イ・ウンジュは、両親の事業が失敗して生じた多額の借金返済の犠牲になり、裸でも性でもいいから金をもっと稼げと家族から圧力を受け続けたため、自殺はこれに対する抵抗だったという風評が立ち、遺族と故人の周辺関係者に深い哀しみをもたらしました。
彼女の悲劇的な自殺は、韓国の国会でも取り上げられ、韓国の社会全体に激震が走ったほか、朝鮮日報日本語版のサーバーも増設されました。
2005年2月24日、盆唐ソウル大学病院で告別式が行われた後、火葬に付され、高陽市一山区の納骨堂に安置されています。

2年たった今年、22日午後1時30分、一山チョンア公園で開かれた故イ・ウンジュの追慕式。
ユニ、チョン・ダビンなど、芸能人の相次ぐ自殺による衝撃がさめやまぬ状態で、故人の追悼行事が開かれ、昨年より厳肅な雰囲気を催したそうです。
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